図鑑の紙面をペン先が走る。
真っ白だったそこに、綺麗な文字が並んでいくのをリチャードは熱心に見つめていた。
大部分が既に埋まっているその図鑑に、ヒューバートの手によって新しいアイテムの情報が書き込まれていく。
リチャードは、ペン先からヒューバートの腕を伝うようにして視線を上げた。
長い間視線を送り続けていたせいか、流石に当人も気付いたらしい。ヒューバートの視線がゆっくりと上げられる。
そうして、居心地が良くなかったことを覗わせる困り顔が、リチャードへ向けられた。
少々申し訳なさを感じながらも、リチャードは親友の弟に笑顔を向けた。


「陛下も興味があるんですか、これ……」


これ、とは今までヒューバートが纏めていたコレクターズブックの事だ。
確かにここに記載されているアイテムに興味が無いわけではない。
だがそれよりも、ヒューバートを見ていたいと言う想いから、傍に居たと言った方が正しくて、リチャードは返答に困った。


「……そうかもしれないね。」

「何ですかそれ」


結局、あいまいな言葉を返すだけに留めて、観察を続行する。
ヒューバートの方も、再びペンを走らせようと図鑑に向き合うのだが……どうにもリチャードからの視線が気になる。


「陛下、その……書き難いのですが?」

「僕のことは気にしないでくれ」


そんなことを言われても、一国の王に正面から真っ直ぐに見詰められて気にならない者が居るだろうか。
少なくとも自分はそんなに肝は据わっていない。ヒューバートは溜め息を吐きたいのを、何とか耐えた。
この場を退席して貰うのが一番なのだが、この様子ではそうもいか無そうだ。



「そうだ。陛下も書いてみますか?」


このまま会話も無く一方的に見られるだけよりは良いと、ヒューバートは手にしていたペンをリチャードへと差し出した。
リチャードはペンとヒューバートとを見比べて、そろそろとペンへと手を伸ばした。
こんなに綺麗に纏められたこの図鑑に、ヒューバート以外の者が手を入れても良いものなのだろうか。
ペンを手にしたのは良いのだが、リチャードはそのまま次の行動に移れずに、ヒューバートへ視線を向けた。


「僕が手を入れてしまっても良いのかい?」

「構いませんよ。それにぼくも陛下に興味を持っていただけて嬉しいですし」


今までは自分以外に書きたがる人が居なかったのだと、苦笑を浮かべるヒューバート。
リチャードはそんな姿を見て、皆も自分と同じく興味が無かったのではなくて、ここに手を付ける事が憚られたのではないかと思った。

それ程までに、目の前の図鑑は良く纏められていた。


「書き方は分かりますか?」

「ああ、隣のページと同じように書けば良いのだろう?」

「はい、それで構いません」


確認を取ると、ヒューバートはそのまま立ち上がる。急にどうしたのかと、リチャードは思わず見上げた。
ヒューバートの方も、何の断りも無く席を立つのは失礼だと思ったのだろう。少しだけ声を抑えると、恥ずかしがるように口を開いた。


「あの、少し手洗いに……」

「ああ……。気にしなくて良いよ、行っておいで」


なるほどと納得し、リチャードは早く行く様に促した。ヒューバートは丁寧に礼をして、部屋の出口へと向かった。
そのまま見送るつもりだったが、ある事を思い出して振り返る。
丁度ドアノブに手をかけていたヒューバートに、静かに歩み寄って背後から抱きしめた。
急な事で大げさなまでに跳ね上がる肩に気付き、もっと苛めたくなってしまう自分にリチャードは内心笑った。
腕の中のヒューバートは余程驚いたのか、抵抗も無く大人しい。
しかし、それも一瞬だった。
止められていた時間が動き出したように、抵抗を始めるヒューバート。

このまま逃げられてしまっては詰まらない。
リチャードは、今のヒューバートにとって一番敏感であろう下腹部を軽く押した。

「……ひっぅ」


途端に体が跳ねて、ヒューバートの抵抗が止んだ。
何だか可愛らしい声も聞こえた気がするが、目の前で耳まで赤くさせている姿を見る限り、聞き間違いなどでは無いようだ。


「……っ、陛下、一体何の冗談ですか!」

「冗談なんかではないよ。ヒューバート、僕が図鑑を書き上げるまで、トイレに行くことは許さない」


ヒューバートが再び固まる。無理もない。行けと言ったり、行くなと言ったり……。
何よりトイレに行かせないとは、何の権限があって言っているのだろう、と一瞬にして様々な思考がヒューバートの頭の中を駆け抜ける。


「陛下、悪ふざけは……っ」

「だから、冗談でもなければ悪ふざけでもない。僕は至って本気だよ」

「ですが、トイレに行くなって……も、も……」

「……そんなにしたいなら、此処ですれば良いだろう?」


漏らしてしまうとの言葉は、最後まで紡がれる事はなかった。

リチャードの正気とは思えない発言に、本日何度目か分からない絶句と、更に頭痛までしてくる。
こんな人が国王で、ウィンドルは大丈夫だろうか……。

とにかく、このまま相手のペースに嵌るのは良くない。
相手がアスベルやマリクだったのなら、鳩尾に肘でも入れて逃げ出す所なのだが。
仮にも相手はウィンドルの王であり、軍人であるヒューバートとの身分差から、そんな暴挙に出ることは叶わない。
ヒューバートはもがく様にして腕の拘束を逃れようとするのだが、体格差か力の差のためか上手くいかない。
その間にも、尿意の限界は近づいている。


「ヒューバート、我慢は体に悪いよ?」

「それ、我慢させている本人の言葉とは思えませんね……」


意識すれば意識するほど強まる様に思える尿意に、抵抗の力も弱まっていく。
平然を装うのも限界で、リチャードの腕に添えられた手が震える。
ヒューバートをこの場に留めさせて居ただけだったリチャードは、必死に我慢するヒューバートの姿に形容し難い思いを抱いた。
普段から、からかい甲斐のある子だとは思っていたが、苛め甲斐まであるとは思わなかった。
こんな場所で排泄行為を強要するなんて、流石に可哀想だと思う反面、もっと困らせてやりたいと思ってしまう。
そうして、我慢できずに致してしまった彼は、どんな顔をするだろう……。

想像しただけで気持ちが高ぶった。


リチャードは抱きしめるようにヒューバートの腰へと回していた腕を下げ、先ほど敏感な反応を返した下腹部に触れた。
リチャードが何をしようとしているのか、ヒューバートにも伝わったのだろう。
片手でも押さえ込める程度だった抵抗が、一瞬強まった。


「……っ、陛下! 嫌です、やめて下さ……」


弱弱しい抗議の声も無視して、リチャードは下腹部に添えた手に力を入れる。
先ほどのそれとは比べ物にもならない、本気で排泄させるつもりの刺激に、ヒューバートは瞳に涙を浮かべた。

不規則にぐっ、ぐっ、と押されて、その度に限界に近い尿意は決壊しそうになる。
歯を食いしばり何とか堪えるが、いつまでも我慢しきれる筈も無い。
リチャードの容赦ない責めに、焦りと絶望とが綯い交ぜになってヒューバートを襲った。
言葉を発する余裕すら無くなって、ただひたすらに押し寄せる排泄感と戦うしかない。



「ほら、つらいのだろう? 大丈夫、僕しか見てないよ」

リチャードの楽しそうな言葉に、ヒューバートは嫌だと小さく首を横に振る。こんな所で、人間の尊厳を失うことは絶対に避けたい。
ヒューバートの案外強い精神力に、リチャードは物足りなさを感じ始めた。
このままじわじわと相手を責めるのも楽しいだろう。
しかし、自分が最も見たいのは排泄してしまった後の絶望の滲む表情だ。
我ながら相当な悪趣味だと、リチャードは自嘲した。


「へい、か……も、許し……」


さて、次はどうやってこの強情な相手を追い詰めようか……。
そんな物騒な事を考えていたリチャードの耳へ、ヒューバートのか細い懇願の声が届いた。
許しを請われ、悪い気はしないがそれで勘弁してやるつもりはない。
リチャードはそっと笑って、今まで散々下腹部へ与えていた刺激を止めた。

急に止んだ刺激に、安堵したヒューバートの体からも力が抜けた。
そのタイミングを狙って、リチャードは曝された耳へとねっとり舌を這わせる。


「……ひぅっ、……ぁ」


力が抜け、油断しきっていた所への思わぬ刺激に、ヒューバートの膀胱はついに決壊した。
小さな悲鳴と共に、温かいものが広がっていく。それは軍服のインナーに染込み、みるみる色を濃くさせた。
太腿の辺りにまでそれが広がる頃には、嫌でも状況を理解してしまった。


「ぁ、あっ……やだ、見ないで下さい……」


ヒューバートの瞳から、耐え切れずに涙が零れる。
背後から感じるリチャードの視線に、羞恥心でこのまま死んでしまうのではないかと錯覚するほどだ。
ヒューバートの全身から力が抜けて、リチャードに支えられて何とか立っている状況だった。



「ヒューバート、床が濡れた」

人前で、それもこの歳になって失禁してしまったショックに打ちひしがれていたヒューバートの耳に、リチャードの抑えられた声が届いた。
ヒューバートが涙で滲んだ視線を下へと下げると、インナーでは吸収し切れなかった尿が床のカーペットを濡らしていた。
それにすら羞恥を覚え、カアッと頬へ熱が集まる。


「全く、本当に漏らすとは思わなかったよ。どうしてくれるんだい?」

「……っ」



誰のせいで、とか。

此処で漏らせと言ったのは陛下だろう、とか。

言い返したいことが山ほどあったが、羞恥のせいで正常な思考で無くなってしまったヒューバートは、
新たな羞恥に言葉を詰まらせる事しか出来なかった。
下腹部にジットリと貼りついたインナーは気持ちが悪いし、ぼんやりとした頭は重くて、体も上手く動かせない。


「君には仕置きが必要なようだね……」


次いだリチャードの残酷な発言も、ヒューバートには他人事のように届いた。








>残酷でSな王子が書けて楽しかったです。笑。
王子の弟くん苛めは、もう少し続きます。

11.02.03