「ヒューバート〜…靴脱がせて…」
バロニアのリチャード陛下に呼ばれて出かけた兄さんが、帰宅したのは真夜中。
邸までは確り歩いてきたくせに、ぼくの姿を見るなり崩れる様に抱きついてきて、「ヒューバート不足で、俺死んじゃう…」ときた。たった一日会えなかった位で大袈裟だ。それっきりぼくにもたれ掛かったまま、自分で歩こうとしない兄さんを引きずって、一階の客室へ運びベッドに座らせた。
そして、冒頭の台詞に繋がる。
本当に良い歳した大人がみっともない。
ぼくは眠気でとろんとした視線を向けてくる兄さんを見下ろし、首を横に振った。
いつまでも兄さんの我が儘を許容し続けては、兄さんの為にならない。
しかし、一度拒否したくらいで諦める兄さんではない。ジッと向けられる懇願を含んだ兄さんの視線。
たまに自分より年上かと疑いたくなるその視線は、ぼくの心を容赦無く揺さぶってくる。
それでも今夜ばかりは心を鬼にして、無視。…の、つもりだったのだが。
「じゃあ、もう良い…靴履いたまま寝てやる」
懇願が効かないと悟るやいなや、あろうことか、拗ねた。
戸惑う隙も、小言を飛ばす隙すら与えられずに、兄さんはベッドに外を歩いて汚れた靴を乗せるものだから、流石に引き止めざるを得なかった…。
「…っ、分かりましたよ。全く仕方無いですね。足、かして下さい…」
もそりと身体を起こしてベッドに座り直す兄さんの足元にしゃがんで、靴を脱がせる。
先ずは右足…次いで左の靴を脱がせた所で、今まで眠気と戦っていた兄さんが口を開いた。
「なぁ、ヒューバート。昔の仕来りの忠誠の誓いって知ってるか?」
「…?ええ、まぁ…。でもそれがどうかしましたか?」
「やってみてくれないか。」
兄さんの我が儘はひとつ許せば、またひとつ増える。
ぼくの今までの人生、年数にして17年にも及ぶ付き合いで分かっては居たけど、
今回ばかりは…流石に頭に来た。
ぼくは黙って脱がせた靴を丁寧に揃えると、立ち上がって兄さんの身体をベッドに横たえさせる。
少々乱暴なのは怒りのせいだ。
「馬鹿なことばかり言ってないで、もう寝てください。お疲れでしょう?」
「ヒューバート…話逸らすなよ」
「逸らしてません、お断りします」
「…お前は俺にそんなこと言える立場だったか?」
卑怯だと、思った。ぼくと兄さんの関係を出されたら、ぼくに逆らう術は無いのだから…。
下から真剣な瞳で射竦められ、無意識に肩が跳ねる。
ドクドクと心臓が強く脈打って緊張に口が異様に渇くのを感じた。…抗う術は無い。
諦めてぼくは兄さんの足元にしゃがんだ。
直ぐに後を追う様に身体を起こした兄さんの気配に気付きながら、そっと足先に唇を落とす。
「…アスベル様に、忠誠を誓います…」
畏まって口にした言葉は自分でも違和感があって。
こんなので果して兄さんは満足しただろうか。不安に駆られて兄さんを見上げた。
視線の先の兄さんは、満足そうに笑っていて…向けられる瞳はひどく優しかった。
他人に散々甘やかしすぎだと咎められても我が儘を許してしまうのは、兄さんのこの笑顔が見たいからなのかも知れないと…漸く気付いた。
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