今日は久し振りにヒューバートがラントに帰ってくる。
ずっと休みが無くて、俺がストラタに出向かない限り会えなかった。そんな弟から、漸くラントに顔を出せると
手紙が来たのが数日前。
「…怒られるかな、それとも呆れられる…かな」
思った事を言葉にしてしまいながら、俺は手にした小さな箱を撫でた。
これは以前からずっと考えていたことを実行する決心がついて、先日買った物だ。
騎士学校の頃からコツコツ貯めていたガルドをはたいた。お陰で俺の所持金は0だけど…後悔はない。
流石に給料の3ヶ月分とは…いかなかったけど、
「気に入って貰えると良いな…」
箱をもうひと撫でしてからポケットにしまいこみ、上からポンと叩く。大丈夫、上手くいく。
不安が無いわけでは無いけれど、一度決めたんだ。やらなくては。
俺が決意を新たにしたタイミングで執務室のドアがノックされ、ヒューバートの声が続いた。
直ぐに入室の許可をすれば、ヒューバートが入ってきた。
「久し振りですね、兄さん」
「……あぁ、元気にしてたか?」
最後に会ったのは2ヶ月前だから、本当に久し振りだった。
お互いにどこかよそよそしいのは、俺は緊張からで…ヒューバートは多分照れから。
照れたようにはにかむヒューバートは、本当に我弟ながら可愛い。ヒューバートの笑顔に少し癒されつつも、
俺の緊張は絶賛継続中で、油の切れた歯車みたいに上手く回らない思考は何ともならないみたいだ。
気の利いた事も言えずに、当たり障りの無い会話を続ける。この数ヶ月、ヒューバートの方は本当に忙しかったみたいだ。それを物語るみたいに声音には少しの疲労を感じさせた。
生真面目が災いして無理してなければ良いんだが…。
「……。そんな顔しないで下さい、平気ですよ。」
心配が表情に出ていたみたいだ。
不意にヒューバートの言葉が止まって、次にその唇から零れたのは俺を気遣う言葉。
「…兄さんこそ大丈夫なんですか?」
「大丈夫って…何が?」
「いえ、此方に来る途中でソフィに聞いたんです。最近兄さんの様子がおかしいって…。」
確かソフィは今、庭の花壇の世話をしている筈だ。邸に来る途中で会って話でもしたのだろう。
それにしてもおかしいって…俺が?
別に変な態度をしていた覚えは……あった、かもしれない。
ヒューバートに会える日を指折り数える俺の姿は、既にお約束の光景だとして。今回はそれに加えて、
そわそわと執務室内を意味もなく歩き回ったり、先の箱を眺めたり撫でたりしていた。多分、相当な頻度で。
そんな姿をソフィに度々目撃されていたのだろう、そう言えば気遣わしげな瞳を何回か向けられた気がする。
「あ…いや。何でも、無いんだ。それより、ヒューバート…その、話がある。」
「…話?」
本当はもっとムードだとかを考えて切り出したかったのに、結局強引に話を進めることになった。
兄弟同士でムードも何も無いとは思うけれど。
俺の急な話題転換に付いていけてないヒューバートは、眼鏡の奥の瞳に疑問の色を見せながら首を傾げる。その姿が可愛らしい愛玩系の動物を連想させて、思わず抱き締めたくなった…けど、今はそれが目的ではない。……我慢、我慢。
俺はポケットに手を突っ込んで箱を出すと、背中に回してヒューバートから見えないように注意して中のリングを摘む。
「ヒューバート、左手出して。」
「…こう、ですか?」
すっ…と、眼前に出されたヒューバートの左手をそっと取ると、薬指にリングをゆっくり填める。
ここまで来たら流石にヒューバートにも、俺が何をするのか理解できたのか小さく息を呑む音が聞こえた。
でも、俺は動揺するヒューバートに気づかないフリで、わざとゆっくりリングを指の根本へと滑らせる。
指のサイズは前に会った時に、こっそり計ったからあっている筈……うん、ぴったりだ。
ヒューバートの、俺のより少しだけ細い指に輝くエンゲージリングに、自然と笑みが浮かんだ。
「に、兄さん…これ」
「ヒューバート、俺の奥さんになってくれないか?」
「…っ正気ですか?!ぼく達は男同士で…況してや、兄弟…ですよ?」
「それが何だって言うんだ。リチャードに頼めば何とかしてくれる、」
「もう…、また無茶苦茶言って…」
そう言って呆れたように溜め息を吐くヒューバート。大方予想はしていたけど、実際に呆れる姿を見るのは少し堪えた。
確かに、むちゃくちゃ言ってる自覚はあるさ、いつも振り回される皆には申し訳ないって思ってる。
それでもヒューバートは男には勿論、女にだってあげたくない。
嫁にも婿にもやらないで、俺だけのもので居て欲しい。
今すぐラントに引き戻したい位だと言うのに…。あぁ、良く考えたら酷く歪んだ独占欲だ。
「すまない…やっぱり迷惑、だよな?」
何だか指輪までヒューバートを縛る鎖みたいに歪んで見えて、急いで外そうとヒューバートの手を取る。
「待ってください、兄さん。」
だけど、指輪を抜き去ろうとする俺の手をヒューバートの右手が引き留めて。
俺は反射的に顔を上げてヒューバートを見た。
「…こんな、婚約なんて形式に捕らわれなくても…ぼくはとっくの昔から兄さんの隣を歩く気で居ましたが、
折角ですし…頂きますよ。兄さんの気持ちも、この指輪も」
思わぬ言葉にぽかんとしてしまう。目の前には照れ臭そうに視線を逸らすヒューバート。
これって…良い方向に捉えて良いって事か?やばい、頬が緩む。こんなに嬉しいなんて、思わなかった。
「でも、勘違いしないで下さいよ。誰も、兄さんの…つ、妻になるとかそう言うつもりは…」
「ヒューバート。」
分かってる、妻じゃなくて良い。
ヒューバートなら、ヒューバートが俺の傍に居てくれるなら…何だって良いんだ。
照れ隠しの言葉を遮って、少しずれてしまった指輪をもう一度確りはめさせて、その上にそっと口付けた。
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