昼食を食べ終わって一段落、今までベッドに寝転がってごろごろしていた兄のアスベルが動き出した。向かう先は勿論、部屋に戻るなり机に向かって何やら作業をしている弟のヒューバートの所だ。ヒューバートがこうして小綺麗な机で熱心にする事と言えば、大抵は模型を作るか、本を読んで勉強をしているか…。アスベルは邪魔にならない様に机の上を覗いた、今回は前者の様だ。そう言えば今朝父親から新しい模型を受け取っていた気がする。
常に綺麗に片付けられている机上に、今は細かいパーツが彼なりの法則で散りばめられていて。こんな細かい物をどうこうする事の何が楽しいのだろうかと、外で身体を動かして遊び回る方が性に合っているアスベルは首を傾げる思いだった。
勿論、可愛い弟の好きを否定はしたくない。でも、ずっと机に向かいっぱなしなのはやはり身体に良くない。不健康というやつだ。折角外は探検日よりとばかりに晴れ渡っているのに。


「ヒューバート…、少し中断して外で遊ばないか?」

「………」


意を決しての誘いは無言で返された。正確にはぽそぽそと聞こえてくる独り言を返された。もっと正確に言うならその独り言はアスベルが声をかける前から続いていて、つまりヒューバートは兄に声をかけられた事に気付いていない。余程集中しているのだろう模型の組み立て手順の画かれた紙と手にしたパーツとを見比べては、あぁだこうだと呟きながら組み立てていく。子供が作るようなレベルではないその模型は、今朝チラリと見た外箱から出したばかりの状態からは想像もつかない。後、半分くらいだろうか。手際が衰えない事から察するに、今日だけで完成させてしまうつもりなのだろうか。それはつまり、今日一日ずっとこの物言わぬ模型に弟を奪われる事になる訳で…


「おい、ヒュー……っ、」


再び声をかけようと開いた口からは、中途半端な音が漏れただけだった。何だか無性に悔しくて堪らない。どうして、模型なんかに大切な弟を独り占めされなくてはならないのか。
ヒューバートは俺のものなのに…っ!


「……ぁ」


気付いたらガシャッっと何かが壊れる音と、ヒューバートの気の抜けたような小さな声。
はっとして意識が舞い戻ると同時に、握り締めた自分の拳の下で無惨に潰れてしまっている模型が目に入った。一瞬理解が遅れる。どうして模型は潰れていて、手はじんわりと痛くて…目の前の大切な弟は泣きそうなのか。


「…に、兄さん!急に…なに、するんだ…よぉ……っうぅ、」


綺麗な瞳に怒りと多分自分と同じ戸惑いを宿して。でもその両方が悲しみに負けた頃には、ヒューバートの瞳には溢れ落ちないのが不思議なくらいの涙が溜まっていた。無性に溢れないで欲しいと思った。
そして、漸く理解した。
自分が、弟の努力の結晶を勝手な思いで叩き壊したのだと。この手と、手なんかとは比べ物になら無い胸の痛みは罰だろうか。


「…ぁ、…ヒューバート…ごめ……」

「知らない!兄さんなんか……大っ嫌いだ!」


キッと強い睨みと同時に鋭い拒絶を受けてズキリと胸が痛む。…嫌い、その言葉にこの模型と同じく潰れて壊れてしまったのでは無いかと錯覚するほどの痛みが、じくじくと容赦なく襲ってくる。
どうしよう、どうしようどうしよう……
泣き止む気配の無いヒューバートは机に突っ伏して嗚咽を溢していて、修復など到底不可能な迄に壊れた模型を前に狼狽えるしか出来なかった。
謝罪すら拒まれてしまって、弁償だなんて事も簡単には口に出来ない。今まで、本当につい先程まで頑張って作っていた姿が頭を過った。言える訳が無い。


「…ヒューバート、ごめん…ごめんな。」


結局謝るしか出来なくて、どうしたら泣き止んでくれるか。そればかりが脳を占めて、どうしようもない想いが溢れだす。自分は遊びたかっただけなのに、ヒューバートと一緒に。気が付いたら震えるヒューバートの身体を抱き締めていた。無理な体勢だから多少の苦しさもあるけれど、今はそんなに気にならなかった。抱き締めると言うよりも、上から覆い被さると表現する方が正しい兄からのそれに、ヒューバートの身体がビクリと嗚咽が原因とは違う意味で震えた。


「…離してよ、」

「嫌だ、ヒューバートが泣き止むまで離れない。」


小さな、うつ伏せているせいかくぐもった声が耳に届いた。それでも引き下がる訳にはいかなかった、多少の意地もあったかもしれない。先程から余りの身勝手な行動に今度こそヒューバートは呆れた様だ。涙混じりの溜め息が聞こえて、そして―…


「もう、泣き止んだから。離れて、苦しいよ。」


その声はまだ涙に濡れていたけれど。苦しいと言われ今更ながら自分も苦しいなら、当然ヒューバートだって苦しいであろう体勢だった事に気づいた。これ以上無理強いする事は叶わなくなって、渋々ヒューバートの体から離れる。ヒューバートの温もりから離れる事が、何故か名残惜しいと感じたのは気のせいだ。
アスベルが退くとヒューバートも机に伏せていた半身をむくりと上げ、無惨に壊された模型の残骸へと視線を滑らせて再び瞳を潤ました。そのまま労るように残骸をかき集め、その一つ一つを丁寧に確認していく。
再び模型に弟の意識を奪われて、アスベルは面白くないと顔ごと視線を足元の床へと向けた。それにしても気まずい。当然ヒューバートはまだ自分の事を怒っているのだろう、そう思うと俯かせた顔を上げられなくなった。じっと自分のつま先を見つめて、やるせない思いを抱え込む。


「…兄さん、」

「……っ、な…なんだ?」

「父さんから接着剤借りてきて…?」

「…せっちゃ…く、ざ…い……」

「模型、まだ直せるみたいだから…。」


ジッとアスベルを見つめる綺麗な瞳は、「少し位責任を取れ」と訴えて来るようで。アスベルは居心地悪く苦笑を浮かべ頷くしか出来なかった。
しかし、そんな物を借りに行って、親父に訳を聞かれたら何て答えようか。ヒューバートのおもちゃを壊したなんて言ったら…そこまで考え、扉の前で足が止まってしまった。知らず知らずに吐息の抜けるような、小さな溜め息が零れる。
今日は散々だ。
模型なんかに弟を取られて嫉妬して…挙げ句泣かせて。これから親父に叱られに行くのだ。先程からのやるせない想いが膨らんで、ドアノブを握りしめる指に力が籠もる。必要以上の力でドアノブを握り続けているせいか、指が白くなったのが視界に映るが緩められなかった。


「……、兄さん。接着が終わったら…一緒に遊ぼう。シェリアも誘ってさ」


そんなアスベルを見かねたヒューバートからの、思わぬ提案にアスベルは顔を上げた。視線の先にはいつもの優しくて暖かい、大好きな笑顔を浮かべるヒューバートがいて。嫌われたままだと思っていたのに、許して…くれた?
なんだ、今日も良い日だ。
天気が良くて、探検日和。さっき食べた昼食は相変わらず美味しくて。ヒューバートと少し喧嘩をしたけど…ちゃんと仲直り出来た。


「…ああ!直ぐ取ってくるから待ってろよ…!」


模型の修理もちゃんと手伝ってやろう…そんな事を考えながら、アスベルは階段を駆け降りた。








>某チャットより。
よく壊されて泣いていた…ってヒューくんの発言からもやもや妄想。
お兄がヘタレですね;
開き直っちゃいそうかなぁ…とも思ったのですが、うちの兄ベルはSベルでもない限りヘタレみたいです。笑。
そして、アスヒュと言うより…アス&ヒューですね;

次はエロ書きたい…!笑。


お題提供>>Aコース様

10.01.15