※主人アスベル×執事ヒューです。ゲームとは別物と考えてください。
深く考えずに読んで頂けたら幸いです。







ドアをノックする音が部屋に響いた。
誰が来たかなんて、姿を見ずとも解る。俺は返事をしないで目の前の書類にペンを走らせた。
何時までも声が掛からなくて、扉の前の人物は困った末に諦めて扉を開いたみたいだ。
控え目に入室され、元々苛々していた心が余計に苛つくのを感じた。


「アスベル様、ご用とは?」

「……俺を呼ぶときは、兄さん、だろ? 何度言ったら解るんだ?」


視線もくれずに言ってやった。
ヒューバートが領主である俺の執事になってから、呼ばれなくなってしまった呼称。
直接見ていないから分からないけど、多分ヒューバートは困ったように眉を寄せているんだろう。
ふと、小さな溜め息が聞こえた。出所は勿論ヒューバート。溜め息を吐きたいのは俺の方だ。


「それは出来ません。主人であるアスベル様を兄と呼ぶなど、ご理解下さい……。」

「……なぁ、ヒューバート。兄さんと呼んだらフレデリックや母さんに叱られるって、前に言ってたよな?」


前に何故だと問い詰めた事がある。頑なに嫌がるから気になったんだ。
あの二人の事だ、キツく叱ったりはしないと思う。
だけど、規則の類に厳しいヒューバートは、その規則を破って誰かに注意される事が許せなかったんだろう…と、
俺は考えている。
でも、その規則とやらは主人の言葉より強いものなのか?そう問うてやったら、再びむっつり黙り込んでしまった。
……後、一押し。


「ヒューバート、これは命令だ。俺の事は今までと変わらずに兄さんって呼んでくれないか?」


命令とは名ばかりの必死のお願い。
幼い頃から俺のお願いに弱いヒューバートだから、きっと――。
長い沈黙。
ややあって……眼鏡のブリッジを、白い手袋に包まれた繊細な指で押し上げる仕草。良く見るヒューバートの癖。


「……貴方みたいな我が儘な主人を持つと疲れます、」

「主人の前に、俺はお前の兄さんだ」


兄で居られなくなるなら……主人になんて、なりたくなかった。
あぁ、でも……可愛いメイド服を着たヒューバートに「ご主人様」って言われるのは……良いかもしれない。


「……兄さん、頬が緩んでますよ。みっともない。」

「あー、だからっ! 様付けじゃなくて……ん?」


あれ……今、兄さんって……。
久し振りに呼ばれたそれは、余りにもあっさりと脳に届いた。もっと感動するかと思ったのに。


「命令ならば聞かない訳にはいきませんから。母さんとフレデリックには、兄さんの方から説明をお願いします。」


きっぱりと言い切ったヒューバートは、用は済んだとばかりに軽い会釈をひとつ。そのまま退室しようと踵を返す。
何だか無性に行かせたくなくて、咄嗟に追いかけてその腕を掴んで引き留めた。
丁寧にアイロン掛けされたヒューバートのスーツに皺が寄る。


「……まだ、何か?」

「ヒューバート、有難う。……愛してるよ、」

「な、な……っ」


うんざりした表情が一転、耳元で囁いた言葉が効いたらしい。首までほんのり赤く染めて照れるヒューバート。
うん、可愛い。


「あははっ、顔真っ赤だぞ?」

「そ、れは……兄さんが変なこと言うからです! 弟にあ、愛して…る、だなんて……」

「変なもんか。……なぁ、ヒューバートは? 俺の事、好き?」


それでも、直ぐに硬直からは回復したらしい。
染まった顔を隠すように俯きながら、普段のはきはきした口調が嘘みたいに口ごもっている。
畳み掛けるように言葉を続けた。


「ヒューバート……」

「……っ、」


掴んだままのヒューバートの腕が震えてる。
流石に苛めすぎたか……少し後悔の念が胸を掠めるけど、此処まで来たら引き下がれない。
少しだけ指の力を強めて、急かすように名前を呼んだら、俯かせていた顔を上げて睨んできた。


「……好きですよっ、これで満足ですか?!」


甘さとか、そんなのは全然無い告白だけど……俺には十分で。
我慢できなくて抱き締めた。







>日記の過去ログに加筆修正。

10.11.23
(title by ギリア)