「ヒューバート……もう寝ちゃったか?」


ラントの自室に並べられたベッド、その片割れで掛布を肩まで被って眠っている弟の姿に声を掛ける。ヒューバートが眠ると二階に上がってから暫く経っているから、もう返事なんて無いことはアスベル自身も分かっていた。案の定、弟からの応答は無かった。それに落ち込むでも、気分を害する訳でもなく、アスベルはしっかりと掛けられた掛布を捲る。そして、隙間から入り込む外気から逃れるように身じろぐ弟の隣へと、我が物顔で滑り込んだ。

子供のころは二人で眠っても余裕のあったベッドも、十分に成長した今の自分たちではそうもいかなかった。アスベルは狭いベッドの上で少しでもスペースを確保しようと、己に背を向けて眠っているヒューバートの身体へと腕を回して抱きしめた。密着したおかげか、己の身体もマットの中に納まることが出来た。
抱き寄せた弟の身体には、勿論女性の様な柔らかさは無い。でも、そんな事が気にならない位に抱き心地が良いと感じられた。それは大切な弟だからか。それとも、本来弟に向ける以上の感情を持った自分の思考が、意図して感情を操作しているせいかは分からない。つい無駄な思考に沈もうとする意識から逃れようと、ぎゅうっと抱きしめる力を増せば、身体に伝わってくるヒューバートの心音。ゆっくりと一定のリズムを刻むそれは、とても心地よくて……。アスベルは誘われるようにして、目の前に無防備に晒された弟のうなじへと唇を寄せた。


「……っん、どうしたんですか? にいさん……」


その感覚に流石にヒューバートは目を覚まし、目を擦りながら肩越しにアスベルを振り返る。弟からの視線に気づきながら、アスベルはなおも口付けを繰り返した。気を抜けば溢れ出してしまいそうになるこの思いを、どうにか止めようとするように……。ヒューバートの方も半分寝ぼけていて、兄の行動に何も言わなかった。
今のように(もっぱら二人きりの時だけではあるが)、アスベルはヒューバートによくキスを仕掛ける。ヒューバート自身、アスベルに口付けられるのはそれ程嫌ではない。寧ろ、擽ったくて……気持ちよいと感じる時さえある位だ。もちろんこの事はアスベル本人には言わないし、今後も抵抗を止めるつもりも無い。そう、今日は……眠いから大人しくしているだけに過ぎない。


「何も、言わないんだな……。いつもは嫌がるのに」

「眠いですし、……第一嫌がったって止めないでしょう?」

「そうだな……」


背中から伝わる兄の心音と体温。抵抗出来ないのは思った以上に、それらが心地良いからかもしれない……。ぼんやりと尚も繰り返される甘い刺激を受けていれば、アスベルの柄にも無く寂しそうな声が耳に届いた。どうしたのかと、ヒューバートが背後の兄へ身体を向けようとした瞬間だった。今まで以上に強く抱きしめられ、うなじに吸い付かれた。途端にチリっとした痛みを感じて、ヒューバートは慌てて抵抗した。

――きっと、痕が残っている……自分では確認なんて出来ないけど。


「……っ、ちょっと兄さん」

「なぁ、ヒューバート。今夜はこのまま久しぶりに一緒に寝よう」


普段とは違い大人しいヒューバートに思わず、抑え続けた思いが零れてしまいそうになった。本当なら、実の兄に抱きしめられて一緒のベッドに横になっているなんて……嫌がるのが普通だ。でも、許してくれるヒューバートの優しさに、アスベルはうっかり勘違いしそうになった。
ヒューバートが文句を言い終えてしまう前に、拒絶の言葉を聞く前に……止めたかった。アスベルの突然の提案に、ヒューバートは少し黙り込むと大きなため息を吐く。それから少し考えるように間を空けて、身体をアスベルに向かい合わせた。
眼鏡を外して幼さが増したヒューバートの顔には、呆れの表情が浮かんでいる。でも、嫌悪は見当たらない。


「……まったく、貴方いくつですか? ぼくは一人でゆっくり寝たいのですが」

「すまない、……でも、今夜だけ。良いだろう?」


自分を見つめるヒューバートの瞳を見つめ返して。少しだけ甘えるような声音で強請れば、兄に甘いヒューバートはあっさりと許可を下した。やっぱり自分は弟の優しさに付入っている。そんな事を考えながら、アスベルは目の前のヒューバートの身体に擦り寄った。


「ヒューバート……」

「……なん、ですか?」


眠りに落ちかけていたヒューバートの声音は、言葉を覚えたての幼子のような甘さ。声変わりして適度な低音の声はアスベルの鼓膜を優しく揺らした。


「……。 いや、何でもない。おやすみ……ヒューバート」


――好きだよ…なんて言えなかった。
この関係が壊れてしまうのが、ヒューバートに拒絶されてしまうのが…怖かった。








>両思いなのに、互いの心にある背徳心が邪魔をして、今の関係を脱せない兄弟が好きです。


タイトル提供>>Aコース様

10.04.10