シェリアに買出しを頼まれたアスベルに誘われて、ヒューバートは兄の買い物に付き合う事にした。
どうせなら分担しよう、との兄からの提案を受け、今は一人で店の立ち並ぶ通りを歩いていた。

己が頼まれた装備品類を扱う店は、この辺りだった筈だ。
ヒューバートは周囲を見回して、ある一点の品物に目が釘付けになった。
視線を逸らさずにカツカツとヒールの音を響かせながら、お目当ての店の前まで移動する。

間違いない。それはヒューバートが大好きなヒーロー物のキーホルダーだった。

以前にも、これを見かけた事があったには、あった。
しかしその度に、一番人気のレッドは売り切れていて、悔しい思いをした。
それが今、目の前にあるのだ。
このチャンスを逃したらもう手に入らない、そうとすら思えた。
煩いくらいの心音が、自分の興奮具合を示すようだ。
ヒューバートは、はやる気持ちを抑え込み、震える手を伸ばした。
あんなに望んでも手に入らなかったそれを手にする。手にすることで実感が強まって、思わず頬が緩みそうになった。
ヒューバートは前からだけでなく、ひっくり返して後ろも隈なく観察する。
クオリティの高さにほぅ……と、ため息が零れた。

この全身に染み渡る感激のあまり、ヒューバートは周りへの警戒を完全に怠っていた。



一方、己の分担された品物を買い揃えたアスベルは、ヒューバートの姿を探していた。
この辺りの地位に詳しく無いアスベルは、辺りをきょろきょろと見回しながら、弟を探す羽目になった。
待ち合わせ場所まで決めておくんだった。そんな後悔が頭を過ぎった瞬間、視界の端に見慣れた水色が映った。
慌ててその方向へ顔を向ければ、探し求めていたヒューバートの姿があった。
アスベルは無事に見つけられた嬉しさから、ヒューバートに駆け寄った。


「ヒューバート、頼んだもの見つかったか?」

「……」


アスベルの存在に気づいていないのか、ヒューバートは此方に見向きもしない。
どうやら、手にした商品を熱心に見つめているようだ。アスベルは気になって、弟の手元を覗き込む。


「何をそんなに熱心に見てるんだよ?」

「……っ?! に、兄さんっ、これは……あの、何でもありませんから!」


これに驚いたのはヒューバートだった。一気に現実に引き戻され、大げさに肩を跳ね上げる。
視界に兄の姿を確認すると同時に、手にしていた商品を棚に戻した。


「おい、ヒュー……」

「すっ、すぐ買出しを済ませて戻りますから、兄さんは入り口で待っていて下さい」


アスベルの言葉を遮って、矢継ぎ早にまくし立てるヒューバート。
アスベルには、ヒューバートが何を焦っているのか解らず、二の句が継げないでいた。
その間に、ヒューバートは人ごみに紛れる様にして行ってしまった。

先ほどの口ぶりからすると、まだ買出しは済んでいないのだろう。
指示通りに通りの入り口で待っていれば、簡単に落ち合えそうである。
アスベルは焦る事も無く、見えなくなってしまった弟の姿を名残惜しむように、人の群れを眺めた。
暫くそうしていたが、自然と棚へと意識が流れた。
さっきまでヒューバートが見ていた商品が、気になったのだ。


「たしか赤いの……」


動揺したヒューバートの印象のほうが強く、色くらいしか記憶には無いものの、該当しそうな商品はすぐに見つかった。
以前にも何処かで見たようなキャラクター。
アスベルは眉根を寄せて、赤、青、黄色……と、複数並ぶそれらのキーホルダーを睨むように見た。
両手が荷物で塞がっていて、手に取ることが出来ないため、よく見ようとすると自然と顔が棚に寄る。
暫くそのまま考え込んで、ある記憶にはっとした。


「あ……これ、スパリゾートで見たやつか。」

そういえばあの時も、ヒューバートはこのキャラクターのオブジェを熱心に見ていたような気がする。
一度上げた視線を、再度そのキャラクターへ戻して。アスベルは店員に声を掛けた。




   ***




ヒューバートは、急いでいた。
先ほど思わず棚に戻してしまったキーホルダーの事が、気がかりで仕方が無かった。
頼まれたものを全て買い揃え、足早にあの店へと向かう。
息を弾ませながら店先に来て、ヒューバートは肩を落とす事になった。無理も無い。
ほんの少し前までは此処にあった、一度は自分の手にも取ったサンオイルスターのキーホルダーが、無くなっていたのだ。
恐らく自分がこの店を離れている間に、売れてしまったのだろう。

頭では理解出来たつもりでも、心は納得しなかった。
もしかしたら、と思って店員に尋ねてみた。
しかし、そっけなく「売れてしまった」と言われただけだった。


ヒューバートは肩を落としながら、のろのろと兄との待ち合わせ場所へ姿を見せた。
弟の姿を見つけたアスベルが、すぐに駆け寄ってくる。その表情はヒューバートとは正反対に嬉しそうだった。


「ヒューバート、買えたのか……どうしたんだよ、そんな暗い顔して」

「いえ、ちょっと……」


アスベルは心配を表情に貼り付けて、暫くヒューバートの様子を伺った。
言葉では何でもない様子を示しているようだが、どこからどう見ても、誰が見ても、ヒューバートは落ち込んでいるように見えた。
事情は解らないが、大切な弟であるヒューバートのそんな様子を見せられては、自分の事の様につらくなる。
過保護だとか、ブラコンだとか、言われそうだが仕方が無かった。

アスベルは、ヒューバートの気分を少しでも変えてやりたくて、荷物を漁りだす。
本当は宿に戻ってから渡そうと思っていたのだが、この際手順はどうでも良かった。
すぐに指先に触れた目当てのものを引っ張り出すと、ヒューバートの手に握らせた。


「そう言えば、今日って弟の日なんだってさ。……だから、これ。俺からのプレゼント」


弟の日……。
聞きなれない名称を疑問に思うよりも先に、手渡されたものにヒューバートの意識が向かう。
何度も手に入れ損ね、今日こそと思ったのに自分の不手際でまた買いそびれてしまった、今の落ち込みの原因が、
ヒューバートの手にあった。


「……っ、これ」

「それ、欲しかったんだろ?」


弾かれるようにして顔を上げれば、兄の屈託無い笑顔。
兄の眩しすぎる笑顔に、続く言葉を見失い小さく頷いて、ヒューバートは再び手中に視線を落とす。
そこには変わらずに、兄からのプレゼントとして自分の物になったキーホルダーがあった。
ヒューバートは、自分で買ったのでは得られなかったであろう至福感をかみ締める。
泣きそうなくらいに嬉しかった。


「兄さんが買っていたんですね……」

「ん?」

「いえ、何でもありません。有難うございます、大切にします。」


ヒューバートの照れくさそうな、それでも本当に嬉しそうな笑顔に、アスベルも満足そうに笑った。










11.03.06
(title by ギリア)